宇沢弘文と「見えないもの」の経済学―佐々木実『資本主義と闘った男』を読む

 大学の社会人学友の勧めで、佐々木実『資本主義と闘った男 宇沢弘文と経済学の世界』(2019)を読んだ。20世紀の経済学史を、経済学者・宇沢弘文の生涯を通じて描いた、読み応えのある評伝である。

 これまで宇沢弘文といえば、私の中では、水俣病や成田空港問題に関わった後年の姿の印象が強かった。しかし本書を通じて、若き日にアメリカで活躍した近代経済学者としての姿――とりわけ数理経済学の最前線に立っていた時代――を知ったことは、新鮮な驚きであった。

最適化された世界の成立

 宇沢は若くしてアメリカに渡り、シカゴ大学を中心とする数理経済学の最前線で活躍した。そこでは、経済は精緻な数理モデルによって記述され、人間は合理的に行動する存在として扱われる。現代の私たちが日常的に接している「最適化された世界」の原型が、すでにこの時期に形づくられていたことに気づかされる。

 著者は「第二次世界大戦後に急速に発展した数理経済学は、戦時中の軍事研究の流れを汲むという側面を強くもっていた」と指摘する。この一文は示唆的である。経済学の数理化は、単なる学問的進展ではなく、戦争という極限状況の中で培われた「効率の思想」と無縁ではなかった。ベトナム戦争期に生まれた、敵を一人殺すのにかかるコストを計算する「キル・レーシオ」という概念が象徴するように、世界は計算可能な対象として扱われる。この視線は、倫理や文脈を一度括弧に入れ、測れるものだけを対象とする。

 この枠組みはきわめて強力だ。しかし同時に、合理性だけでは捉えきれない人間の側面に対して、どこか違和感が残る。

経済学が見落としてきた領域

 宇沢の思索は、その違和感から始まる。高度経済成長の只中で顕在化した公害問題、とりわけ水俣病のような深刻な事態が、当時の経済学では十分に説明できなかった。

 著者は「公害や環境汚染といった身近で切実な問題が経済学で十分に分析することができないのはなぜなのか」と問いかける。その理由は、経済学の問題設定そのものにある。すなわち、現実の生活から出発するのではなく、与えられた理論の枠内で世界を捉えていたという点である。ここで問われているのは、単なる分析手法ではなく、分析手法ではなく、人間観そのものである。

 「快楽主義的な立場にたって人間を考えるとき、人間は、快楽と苦痛とをすばやく計算する計算機のようなものであって…」というモデルは整然としている。しかし、現実の人間は、歴史や制度、他者との関係の中で変化し続ける存在である。アメリカの制度派経済学者ヴェブレンが示したように、過去の思考習慣が制度となり、それが現在の行動に影響を与える。個人は孤立した合理的主体ではなく、社会の中で形成される存在なのだ。

 宇沢は、この見落とされてきた領域――いわば「光の当たらない部分」――に経済学の視線を向けようとした。

社会的共通資本という転換

 その試みの結実が、「社会的共通資本」という概念である。これは、資本の定義そのものを拡張するものである。

 著者は「資本をこのように広くとらえるなら、…自然のような共有資源も資本とみなすことができる」と述べる。工場や機械といった実物資本だけでなく、自然環境や医療、教育、都市といった社会の基盤そのものが資本であるという視点である。この視点に立てば、公害は単なる外部不経済――企業などの経済活動によって生じた損失が、当事者ではなく社会全体に押しつけられる現象――ではなく、社会の基盤を損なう行為として捉え直される。

 さらに重要なのは、市場の外側にある領域の再評価である。著者は「市場経済=市場+非市場という図式をもつ」と述べる。ここでいう非市場とは、価格では測れない価値の領域であり、同時に社会の持続性を支える領域でもある。そして、その管理のあり方として提示されるのが「コモンズ」である。私有でも公有でもない、共同体による自治的な管理。この発想は、単なる制度論にとどまらず、社会の運営原理そのものを問い直す。

 宇沢は「主義」という発想になじまないと語る。理念から出発するのではなく、現実の問題から出発する。この態度こそが、彼の経済学を、抽象的な理論ではなく、社会に根差した思索として成立させているのだろう。

「見えないもの」を捉えるということ

 本書を通じて浮かび上がるのは、経済学の対象をどこまで広げることができるのかという問いである。

 著者は「経済分析は陽があたらない陰の領域をもカヴァーするものでなければならない」と述べる。効率や最適化が支配する現代において、可視化できるものはますます重視される。一方で、環境や共同体、ケアといった領域は、しばしば軽視されがちである。しかし、それらこそが社会の基盤を支えているのではないか。

 宇沢弘文の仕事は、経済学の内部から、その盲点を照らし出す試みであった。本書はその軌跡を描きながら、同時に私たち自身の視線を問い返す。最適化された世界のなかで、なお拭いきれない違和感。その正体を言葉にしようとするとき、本書はその違和感に言葉を与える手がかりとなる。

資本主義と闘った男―宇沢弘文と経済学の世界

書名/資本主義と闘った男 宇沢弘文と経済学の世界
著者/佐々木実
出版社/講談社
発行/2019年3月29日