所沢・柳瀬荘で開かれる2年に1度のアートイベントへ

国道463号線を志木から所沢方面に車で走っていると、坂の下の交差点付近にたいそう古めかしい門があり、以前から気になっていた。門は鉄の柵で囲まれ、周囲は雑草がいつも茂っているので、古い廃屋と思い込んでいたら、実は国立博物館柳瀬荘のエントランスであることを、つい先日知った。

長屋門と言い、門の裏側は柳瀬荘の駐車場となっていた。脇には小さな山道があり、館である「黄林閣」はこの道を登るよう案内があった。

10分弱、少々きつい坂道を登っていくと、侘び寂びの風情が漂う小さな門があった。その向こう側に豪壮な木造家屋が見える。「黄林閣」だ。

少々長いが、国立博物館のパンフレットより、この建物の沿革を転記する。

沿革
 柳瀬荘は実業家、また茶人としても名高い故松永安左エ門氏の別荘だったもので、5000坪を越える敷地内には武蔵野の面影を今にとどめる雑木林も残され、周辺の開発から一線を画した貴重な自然環境を保っています。昭和23年(1948)3月に東京国立博物館へ寄贈され、現在は週に1回一般に公開されています。
 庄内の主要建物である「黄林閣」は江戸時代・天保期の民家の特色をよく示すものとして昭和53年(1978)に重要文化財に指定されました。荘内にはほかに書院造りの「斜月亭」や茶室の「久木庵」などが残されています。

次に松永安左エ門について。

松永安左エ門氏
 電力事業に生涯を捧げ「電力の鬼」といわれた実業家。明治8年(1875)〜昭和46年(1971)。長崎県壱岐の地主兼廻船問屋の出身。石炭商として注目を集めましたが、日露戦争後、電力事業に情熱を注ぎました。九州および中京地区に相次いで電力会社を創設し中央財界へ進出し、第2次世界大戦後には、政府機関の要職につき9電力会社を発足させました。60歳より茶道をたしなんで名器を集め、ここ柳瀬荘において数々の茶会を催し、数奇者としての名をほしいままにしました。昭和23年(1948)、それまでに収集した美術工芸品を柳瀬荘とともに東京国立博物館に寄贈し、それらは同館の貴重な収蔵品となっています。

いやはや、オトコとして、かくありたいものだ。

さて、この柳瀬荘、通常は毎週木曜の昼間、外観しか公開されてはいないのだが、2年に一度、日本大学芸術学部と東京国立博物館主催の「柳瀬荘アート教育プログラム」時は、内部をじっくりと見学できる。

今年は9月20日(火)から10月1日(土)までの10日間ほど開催。見逃してはならじ!と見に出かけた。

古民家とモダンアート。不思議にマッチする静謐な空間にワクワクとした。初秋の風が空間を抜け、密閉された美術館とは違った心地よさがあった。ただ、蚊には悩まされた。

いくつか目に留まった作品を紹介。

林舞衣子「星舞う夜に -At night dancing star」 2016 発泡スチロール
森下聖大「佇む」 2016 石膏
飯田竜太「創始の風 双璧する緊張」 2016 扇風機・鉄・本
嶋村有里子「島を開く。」 2015 パネル・油彩・木製トランク

2年に2度のイベントとはなんだかもったいない。1年に1度は、この素晴らしい空間でモダンアートの展覧会を実施してほしいものだ。

東京国立博物館・柳瀬荘 案内