「関西」よりも「京阪神」の方がしっくりくる

2015年5月14日

近畿地方の地図東京で働くようになって10年近くになるのですが、いまだに「関西人」と呼ばれるのに違和感があります。

「関西」という概念は、関西に住んでいると「近畿地方」と同じく、ただ地理的な呼称にすぎません。ヒトを示す言葉ではないです。私が自分を示すのに、一番しっくりするのは「河内のヒト」でしょうか。大阪の中でも、河内のヒトと、泉州岸和田あたりのヒトと、北摂豊中あたりのヒトでは、キャラクターが違います。

私のような生粋の河内の人間は、一言、二言、話しをするだけで、泉州方面のヒトを聞き分けられます。例えば、北摂方面の男性大阪弁は「そやからなっ」「ほんでなっ」と、語尾を軽く撥音するのに対し、大阪南部、泉州方面の男性大阪弁は「せやがらのぉー」「ほんでのぉー」と、語尾を濁音まじりに伸ばすからです。

東京で働くことと関西で働くことの大きな違いは、出身地(=居住地)の強力のアイデンティティーだと思います。関西の場合、出身地と居住地が同じヒトの比率が首都圏に比べて高いためでしょうか、京都・大阪・神戸といった「地(ぢ)の意識」が常にベースとしてあります。

会社内では気を遣いながら仕事をしていても、帰りの通勤電車内で地(ぢ)の者同士、「あいつは、京都の人間やから信用でけへん」とか、「そやから、神戸の人間はあかんのや」と、排他的な会話で盛り上がったりします(こういう会話は、東京で働いていてほとんどないです)。京都人も大阪人も神戸人も「関西人」とひとくくりにされるのは、いい気がしません。ですので、「関西」というよりも、「京阪神」と呼んだ方がしっくりします。

私など、大阪時代、同僚を無意識に細かくカテゴライズしていた気がします。
● 河内のヒト(東大阪、八尾、松原、藤井寺あたり)
● 泉州のヒト(岸和田、泉大津、泉佐野あたり)
● 北摂のヒト(豊中、箕面、伊丹、吹田あたり)
● 神戸のヒト(神戸市中央区より西側)
● 西宮・宝塚あたりのヒト(西宮、芦屋、宝塚。神戸市東灘区、灘区も入りそう)
● 播州のヒト(姫路、加古川あたり)
● 京都のヒト(京都府ではなく京都市内)
● 丹波のヒト(三田、篠山あたり)
● 奈良のヒト(奈良盆地全般)

「大阪のヒト」という呼称は、京阪神以外のヒトに対峙したときに示す概念である気がします。