庄内旅行- 注連寺、森敦の小説『月山』の舞台

大日坊瀧水寺を後にして、クルマで七五三掛にある注連寺に向かった。大日坊からは約4km、クルマで15分ほどで到着。だた、山中でカーナビがうまく動作せず、ぐるっと回って同じ場所に着いたりした。

注連寺は、芥川賞を受賞した森敦の小説『月山』の舞台で必ず訪れたいと思っていたお寺。今回の旅の最後にクライマックスに残しておいた。小説の通り、大網のバス停から大日坊と反対の方角へ。ローカルな市道を上っていく。ただ、小説とは違い十分に舗装された道路で、遠くには真新しい山形自動車道の高架も見えた。

森敦が注連寺に滞在したのは、第二次大戦間もない1951年、『月山』が芥川賞を受賞したのが1974年。その後、1978年に『月山』が映画化されて注目の観光地となったが、それから40年近い年月が流れて、外観を見る限りひなびた田舎寺の風情となっていた。

注連寺の本堂隣にある小さな駐車場にクルマを停めて、早速、本堂へ。小説『月山』の頃と同じく豪雪地帯であることには変わりがなく、本堂は雪の影響だろうか微妙に傾いていた。丸太数本で傾きを支えているようだ。

本堂入口で拝観料500円を納めて堂宇に足を踏み入れる。スタッフの女性が、ちょうど二人の参拝客に天井画の説明を行っていたので、後ろについて一緒に聴いた。

ポップな天井画にびっくり

注連寺がある七五三掛口は、聖なる月山と俗界の「結界」の地とされている。天界と俗界の接点を天井に見立て、現代作家四人により、天井画の制作を委嘱したとのこと。

入口近くの天井は二匹の白馬の豪壮な日本画(左)。奥の部屋の天井はポップなモダンアート(右)。対照的な二つの天井に驚いた。小説『月山』の保守的かつ土俗的な世界が打ち砕かれた。

スタッフの説明によると『白馬交歓の図』(左)は、見上げる位置によって二匹の白馬が牡と牝の戯れ合いに見えたり、母馬が子馬を抱いているように見えたりする不思議な天井画。十時孝好氏の作品。

一方、ポップな『聖俗百華面相図』(右)は、神仏だけでなく、ピエロや歌舞伎役者、ゴッホ、ビートルズまで、100人の顔が描かれている。久保俊寛氏の作品。

本堂の向かって左奥にあるのが、村井石斎氏による『天空の図』。こちらは敦煌の石窟で学生時代に見た天女像に近いものだった。

これら天井画は小説『月山』での印象とはずいぶんと違って見えた。まぁ、あれから40年近い歳月が経過しているのだ。

雪国を実感する本堂の「木組み」

小説『月山』では、本堂の雪囲みの木組みに、冬になると部落の若い衆がムシロを張ってくれる云々というシーンがあった。堂宇の濡れ縁に出ると一転して小説『月山』の世界が広がった。

周囲は色鮮やかな夏の緑に囲まれているが、足元の傷んだ濡れ縁を見ると、この地方の風雪がいかに厳しいかを物語っている。

小説の主人公が居住した(であろう)庫裡も見えた。

小説の中に、二階の部屋は雨戸を閉めていても雪が吹き込み、粉雪が積もるシーンがあった。庫裡もしっかりと雪囲いがされている。冬場はしっかりとシートで包む必要があるのだろう。

鉄門海上人の即身仏を拝む

本堂の中で須弥壇と即身仏は撮影禁止。本堂、須弥壇に向かって左手に鎮座する鉄門海上人の即身仏へ。

「上人」というと何やらすごい偉人のように思う。ただ、大日坊の住職や注連寺の資料を読むと、江戸時代、庄内地方は度々飢餓にあい、食べるのに困った農家の次男や三男がお寺に入れられることが多かったという。

鉄門海上人の本名が砂田鉄。もともと父親は井戸掘りや砂利取りを生業として、彼も若い頃は川人足をしていたという。とあることで川の管理をしていた武士を殺めてしまい、注連寺に逃げ込んだのが僧になるきっかけだったらしい。

鉄門海上人

その後は、湯殿山仙人沢で修行の後、人々が難渋している加茂坂にトンネルを作ったり、江戸では眼病が流行して悩む人々のために自分の左眼を隅田川の龍神様に捧げ祈願したりと活躍。その足跡は北海道から四国にまで及んでいる。

そして三千日の苦行の後、62歳で即身仏に。波瀾万丈の一生を送られたようだ。肖像画(注連寺ホームページより転載)からは高貴な生まれの仏僧にない、何やら人生の渋みを感じる。

こじんまりとした境内を散策

本堂を出て境内を歩く。

2009年発行の『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』では、注連寺が総合評価で二ツ星に選定されている。個別評価では即身仏が二ツ星、天井絵画が一ツ星、鰐口(わにぐち)が一ツ星。左下の写真は鰐口。

順番が違うけれど、本堂を出てからお賽銭を投げて鰐口を鳴らしてはみた。特によい響きというわけではなかった。

また、境内には「七五三掛桜」と呼ばれる樹齢200年のカスミザクラがあり、鶴岡市指定天然記念物となっている(写真右上)。立派な桜の木ではあるが、やはり開花シーズンに訪れないと古い木にしか見えなかった。

その他、小説『月山』の記念碑(写真左下)、十王峠へと続く六十里街道の入口(写真右下)を見て回った。小説『月山』に描かれた十王峠へとトレッキングしてみたい気もしたが、さすがに出羽三山を歩いて疲労がたまっているのであきらめた。

小説『月山』のもう一つの舞台、七五三掛の地へ

小説『月山』では、七五三掛集落との人々とのやりとりが見どころだ。しかし、2009年2月、この地区が大規模な地すべりにより大きな被害を受けた。注連寺への影響はなかったが、被害を受けた集落の家屋は同年12月までに全て取り壊されたらしい。七五三掛集落は映画『おくりびと』のロケ地でもあったのだが。

被災地を歩いてみた。

今なお倒壊した家屋がそのままになっているところもあり、集落の面影がなかった。

何だか注連寺だけがこの地で孤高の存在になっていた。(続く)


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