「リカレント教育」と「生涯学習」は何が違うのか
「社会人の学び直し」と「人生の学び」を整理する
近年、日本では「リカレント教育」という言葉を耳にする機会が増えてきた。政府の政策文書や大学の広報、企業の人材育成の議論などでよく使われるようになり、「生涯学習」と同じ意味に感じる人も多いのではないだろうか。私も二度目の大学入学の理由を尋ねられた際、「いわゆるリカレント教育です」と返答している。
しかし、この二つの概念は重なり合う部分を持ちながら、厳密には少し違う意味を持っている。簡潔に言えば、リカレント教育は主に仕事と結びついた“学び直し”を指す比較的狭い概念であり、生涯教育・生涯学習は人生全体に広がるあらゆる学びを含むより広い理念である。
そこで、日本の文脈に即して、この二つの考え方の関係と違いを整理してみたい。
共通している思想
まず押さえておきたいのは、両者が同じ思想的な背景を持っていることである。それは、教育は若い時期だけのものではなく、人は生涯にわたって学び続ける存在であるという考え方である。
20世紀後半、社会や技術の変化が速くなるにつれて、「一度学校で学べば一生それで足りる」というモデルは現実に合わなくなってきた。そこで提唱されたのが「生涯学習(lifelong learning)」という理念である。
この理念の中で、成人後の学び直しの仕組みとして提案された政策モデルの一つが「リカレント教育」である。つまり概念としては、以下の包含関係で理解すると分かりやすい。
「リカレント教育」とは何か
「リカレント(recurrent)」とは「循環する」「繰り返す」という意味の言葉である。教育政策の文脈では、教育と就労を人生の中で交互に繰り返す仕組みを指す。典型的には次のようなライフコースが想定される。
- 学校を卒業して就職する
- 数年働く
- 大学院や職業学校に戻って学ぶ
- 再び働く
- 必要に応じて再度学ぶ
このように、「働く → 学ぶ → 働く」という循環構造がリカレント教育の特徴である。
もっとも、日本では必ずしも仕事を離れて学ぶとは限らない。社会人大学院、夜間大学、オンライン講座、企業研修など、働きながら学ぶ形も広くリカレント教育として語られている。そして、その目的は比較的はっきりしている。
- 職業能力の向上
- 新しいスキルの獲得
- キャリアチェンジ
- 労働市場での競争力の維持
つまり、仕事に役立つ知識や技能を更新するための教育が中心に置かれている。
「生涯教育・生涯学習」とは
一方、「生涯教育」あるいは「生涯学習」は、もっと広い意味を持つ概念である。これは、個人が人生を通して行うあらゆる学習活動を指す。その範囲には、
- 学校教育
- 社会教育
- 職業訓練
- 趣味の講座
- スポーツ活動
- 地域ボランティア
- 読書や文化活動
など、生活の中で行われる多様な学びが含まれる。
生涯学習の理念を提唱した教育思想家ポール・ラングランは、人間の学びを職業能力の形成だけでなく、人間としての成長全体として捉えた。そこでは次のような価値が重視される。
- 自己実現
- 文化的教養
- 社会参加
- 民主的市民性
- 生きがい
つまり生涯学習とは、仕事のためだけではなく、人生そのものを豊かにする学びを意味しているのである。
両者の違いを整理すると
ここまでを整理すると、両者の違いは大きく三つの点に表れる。
1 対象領域
- リカレント教育:職業能力やキャリア形成に関わる学び
- 生涯学習:趣味・教養・市民活動など人生全体の学び
2 学びの構造
- リカレント教育:「働く」と「学ぶ」を循環させる構造
- 生涯学習:日常生活の中で継続的に行われる学び
3 政策上の位置づけ
- リカレント教育:雇用政策や人材育成政策と強く結びつく
- 生涯学習:教育政策や文化政策、地域コミュニティ政策を含む理念
このように見ると、リカレント教育は職業社会に対応するための制度的な仕組みであり、生涯学習は人間の学びのあり方を示す大きな理念であると言える。
日本で境界があいまいになる理由
とはいえ、日本ではこの二つの言葉がしばしば混同される。その理由の一つは、政策や広報の表現にある。政府の資料では「社会人の学び直し」を説明しながら、「豊かな人生のための学び」といった生涯学習的な表現が同時に使われることも少なくない。また大学や企業の広報でも、
- キャリアアップ
- スキルアップ
- 自己成長
といった言葉が混在して用いられるため、概念の境界が分かりにくくなる。
さらに、日本では長く「学校 → 就職 → 定年退職」という単線型の人生モデルが主流であった。そのため、社会人が大学に戻るという発想自体がまだ十分に制度化されていないという事情もある。
学び直しの時代に
社会の変化が速くなるほど、一度の教育だけで一生を乗り切ることは難しくなる。AIやデジタル技術の進展、職業構造の変化を考えれば、社会人が何度も学び直す仕組みはこれからますます重要になるだろう。
その意味で、リカレント教育は、生涯学習という理念を現実の社会制度として具体化する一つの方法と見ることができる。人生を通して学び続けるという大きな理念の中で、職業人生における学び直しをどのように設計していくのか。この問いこそが、これからの教育と社会を考えるうえで重要なテーマになっていくだろう。
参考サイト:「学び」に遅すぎはない! 社会人の学び直し「リカレント教育」(政府広報オンライン)











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