隅田川を歩いてから観る―早慶レガッタの距離を身体で知る

 今年はじめて、早慶レガッタを現地で観戦することにした。早慶レガッタとは、隅田川を舞台に早稲田大学の漕艇部と慶應義塾大学の端艇部の間で行われる漕艇レースである。毎年4月に隅田川で開催され、100年以上の歴史を持つ。複数の種目が組まれているが、その中でも最も注目を集めるのが、大学の威信をかけて争われる「対抗エイト」である。浜町公園から桜橋まで距離3750メートル。8人の漕手と1人の舵手が一体となって艇を進めるこの種目は、スピードと持久力、そしてクルー全体の統率が問われる花形レースである。

 昨年は雨で見送ったが、この日はよく晴れている。せっかくなら、ただ会場に向かうのではなく、レースの舞台そのものをたどってみたい。そう考えて、八丁堀付近から隅田川沿いを歩き、ゴール地点である桜橋まで、およそ8キロを遡上することにした。

永代橋付近

隅田川という「連続した空間」

 隅田川沿いには「隅田川テラス」と呼ばれる遊歩道が整備されており、水面に寄り添うように歩くことができる。川は一見すると変化に乏しいが、実際に歩いてみると、橋ごとに景色が切り替わる。中央大橋、永代橋、清洲橋と進むにつれて、周囲の建物の表情も、水辺の広がり方も微妙に異なる。

 ただし、地図の印象とは違い、川沿いが常に連続しているわけではない。工事中の区間では遊歩道が途切れ、いったん街なかへと回り込むことになる。高架下の陰を抜け、オフィスビルの間を進む。そうした街なかの散歩では、時折、江戸時代から大正期にかけての史跡を示す碑や、古風な町名標識に出会うことがあり、思いがけない楽しさがあった。再び水辺に戻るたびに、空間の切り替わりが際立つ。

東京スカイツリーが間近に見える言問橋付近

4kmという距離のリアリティ

 浜町公園に差しかかると、レースのスタッフがたむろし、スタート地点であることに気づく。ここから桜橋までが、早慶レガッタのメイン種目「対抗エイト」のコース、約4キロである。コース上には、総武線鉄橋、蔵前橋、厩橋、駒形橋、吾妻橋、東武線鉄橋、言問橋と、いくつもの個性ある橋が架かっている。実際に歩いてみると、次の橋は見えるものの、橋と橋の間は少々距離がある。

 蔵前橋、厩橋、駒形橋と進むにつれ、東京スカイツリーの姿が大きくなる。この距離を、全力で漕ぎ続ける選手たちの負荷は相当なものだろう。観客として川岸に立っているだけでは実感しにくい「長さ」が、身体感覚として感じられるようになる。

スタート地点の浜町公園付近

観戦体験が変わる瞬間

 桜橋に到着すると、すでに両岸には観客と応援団が陣取っていた。やがて、上流から艇が姿を現す。水面を切り裂くように進むそのスピードは、歩いてきた距離の記憶と結びつき、一層際立って見える。

 早稲田と慶應、それぞれの応援団が声を張り上げる中、艇は一気にゴールへと吸い込まれていく。わずか数分の攻防だが、その背後にある4キロの積み重ねを知っていると、見え方はまったく違ってくる。単なる「通過」ではなく、持続の果てにたどり着く瞬間として立ち上がるのだ。

桜橋付近、観客の声援を浴びてゴールする早稲田大学

 観る前に歩く。たったそれだけのことで、競技の輪郭は驚くほどくっきりとする。都市の中で行われるスポーツは、しばしば背景としての空間を見落としがちだ。しかし、その空間を自らの足でたどることで、観戦はより深く、立体的な体験へと変わる。隅田川の8キロは、そのことを静かに教えてくれた。

春のうららの隅田川遡上(ヤマレコの歩行記録)

旅と散歩

Posted by Asanao