AI時代に「ぴあ」を復刊させる意味―最適化された世界で、偶然に出会うこと
久しぶりに、本業について書いてみたい。
4月6日に『月刊ぴあ「とぶ!ぴあ」』が発売になる。1972年創刊の情報誌『ぴあ』本流の雑誌だ。2011年の休刊以来、15年ぶりの復刊となる。
今日、復刊号の念校が終わり、校了した。とはいえ、この雑誌は誌面のQRコードを媒介に、Web・アプリへ「とぶ」のがポイントであり、とんだ先のWebページは制作途上のものも多い。発売前日まで気が抜けない。
なぜ、私が所属するデジタルメディア部門で、雑誌『ぴあ』を復刊させようと考えたのかについて、述べておきたい。
好きなものだけが流れてくる世界
この10年ほど、SNSにしろニュースアプリにしろ、自分が興味を持つ分野の情報ばかりが、途切れることなく流れてくる。好きなアーティストの新譜、気になる映画のレビュー、フォローしている人の感想。いずれも興味深く、深く掘り下げて知ることができる。手に入る情報量は以前に比べると、はるかに増えた。
その一方で、ふとした瞬間に、どこか窮屈さを感じることがある。同じような情報が繰り返し流れてきて、自分の関心の外側にあるものにほとんど触れなくなっている。気がつけば、自分の好きなものの周囲を、ぐるぐると回っているだけのようにも感じる。
レコメンドが生むエコーチェンバー
こうした感覚の背景には、レコメンド技術の仕組みがある。私たちの閲覧履歴や行動データをもとに、関心のありそうな情報が最適化されて提示される。その結果、興味のある領域については、いくらでも深く知ることができるようになった。一方で、関心の外側にある情報には触れにくくなり、知らないものに出会う機会は確実に減っている。
いわゆる「エコーチェンバー」と呼ばれる状態である。自分の関心や価値観に近い情報ばかりが反響し、外部のノイズが入りにくくなる。その環境のなかでは、「推し活」のように特定の対象を深く追いかける行動は、きわめて自然に生まれる。情報は深化し、体験は濃くなる。しかし同時に、広がりは失われていく。
かつての『ぴあ』が持っていた体験とは
かつての情報誌『ぴあ』は、「パラパラとめくる」行為を通じて、意図せず未知の情報に出会う体験、すなわち偶然の出会い(セレンディピティ)を特徴としていた。映画、演劇、音楽、アートといった多様なジャンルが一冊の中に並び、ページをめくるたびに思いがけない作品が目に入ってくる。目的を持って探すというよりも、偶然に出会う。知らなかったものに触れ、そこから関心が広がっていく。あの体験は、いま振り返ると、きわめて貴重なものだったように思う。
これこそが『ぴあ』が多くの読者に支持されていた“ワクワク感”の本質であり、AI・デジタル偏重の今こそ再評価されるべき価値ではないかと考えた。
偶然を取り戻すためのメディアとして
なお、私は、紙の誌面からWeb・アプリへとつながる体験部分を担当している。誌面で気になった作品から、スマートフォンを通じて映画作品・演劇公演の情報やチケット購入への導線を設計する役割だ。紙とデジタルを接続するこの仕組みは、もちろん利便性を重視しているが、実際には、その手前にある「出会い」の設計がなければ成立しない。
レコメンドによって最適化された情報環境は、私たちに深さを与えた一方で、広がりを失わせた。その欠落を補うものとして、偶然の出会いを内包するメディアにもう一度挑戦する。
「雑誌のセレンディピティ」と「Webサービスの利便性」をつなぐことで、アルゴリズムの限界を超える“エンタメ発見体験”を提供していきたい。
月刊ぴあ『とぶ!ぴあ』4 April-2026(BOOKぴあ)