枯れ葉を破って、アジサイが芽吹いた
庭のアジサイが芽吹き始めた。枝先では、鮮やかな若葉が昨年の茶色く乾いた葉を押しのけるようにして現れている。春の芽吹きというと、やわらかく静かなものを思い浮かべがちだが、実際の新芽にはもっと強い力がある。眠っていたものが、古い殻を破って外に出てくる。その姿を見ていると、春はただ穏やかに訪れるだけではなく、内側から押し広げるように始まるのだと感じる。
春は枝先から始まる
アジサイは冬のあいだ休眠し、春先になると新芽を動かし始める。関東の平地では3月から4月ごろに芽吹くことが多く、庭の景色のなかでもわかりやすい春の兆しのひとつである。冬のあいだは枝だけを残して止まっているように見えても、その先では次の季節の準備が進んでいる。
今回、とくに印象に残ったのは、新芽が昨年の枯れ葉を破るようにして出てきたことだった。乾いて縮れた茶色の葉の内側から、みずみずしい緑が押し出されてくる。新しいものは何もないところから突然現れるのではない。古いものの内側で準備され、時が来るとその痕跡を残したまま姿を見せる。そのことを、アジサイの小さな芽が教えてくれる。
小さな苗が庭の景色になった
このアジサイは、2020年に友人からもらった小さな苗である。植えたばかりの頃は心もとない大きさだったが、年を追うごとに少しずつ枝を伸ばし、今では高さ1.2メートルほどに育った。庭の一角で、しっかり存在感を持つまでになっている。
植物の成長は、毎日見ていると意外なほど気づきにくい。けれども数年単位で振り返ると、その変化ははっきりしている。小さな苗だったものが土に根づき、季節が巡るたびに芽吹き、葉を広げる。その積み重ねを見ていると、植物を育てることは、成長そのものを見るというより、時間の流れを受け取ることなのだと思う。
しかもこの株には、友人からもらったという始まりがある。自分で買った苗とは少し違う記憶が宿る。誰かの手から渡されたものが庭に根づき、毎年春を知らせてくれる存在になる。そのことが、このアジサイをただの庭木以上のものにしている。
冬の名残があるから、春が見える
春の庭というと、新緑や花に目が向きがちだが、実際には冬の痕跡を残したまま季節は移っていく。枯れ葉が残り、枝にはまだ硬さがある。そのなかで新芽が動き始めるからこそ、緑はいっそう鮮やかに見えるのだろう。
アジサイの芽吹きを見ていると、枯れた葉もまた春の一部なのだと思えてくる。古いものが残っているからこそ、新しいものが現れたことがよくわかる。冬を経た痕跡があるからこそ、春の始まりは深く印象に残る。
枯れ葉を破って現れた若葉は、庭の片隅で季節の移ろいを静かに教えてくれていた。何気ない変化だが、その小さな力強さに、今年の春の始まりを見た気がした。