トキ、保護の歴史とまだ見ぬ野生の姿 – 佐渡旅行(2)

佐渡といえば、やはりトキだった

 佐渡といえば、やはりトキである。今回の三泊四日の佐渡旅行でも、島に着いて、翌日の最初の訪問先として、私はトキの森公園を選んだ。観光地を巡る前に、まずこの島を象徴する存在に向き合ってみたかったからだ。佐渡の風景を語るとき、トキのことを抜きにするのは難しい。

 小学生の頃、私は絶滅しつつあるトキの話を見聞きして、子どもながらに心を痛めた記憶がある。美しい鳥という印象以上に、「もうすぐいなくなってしまうかもしれない鳥」として記憶に刻まれていたのだと思う。学名はニッポニア・ニッポン。その名にはどこか象徴的な響きがあるが、その鳥が日本の空から姿を消してしまったという事実は、幼い私にも十分に重かった。

日本生まれのトキ「キン」の剥製

国境は人が引くもので、鳥はそれを知らない

 その後、日本生まれのトキは絶滅し、現在、佐渡で繁殖しているトキは中国から導入された系統をもとにしている。こう書くと、「日本のトキではない」と言いたくなるかもしれない。だが、よく考えてみれば、生物としてのトキに国境はない。日本で生まれたか、中国で生まれたかという違いは、トキ自身にとって本質ではないはずだ。

 もちろん、人間社会の側には、「日本産」「中国から来た」という区別を置く理由がある。保全の経緯を整理し、喪失と再生の歴史を記録するためには、由来を区別して語る必要があるからだ。ただ、その区別は自然の側の真実というより、人間が歴史を理解するための枠組みである。空を飛ぶ鳥に、近代国家の国境をそのまま当てはめて考えることには、どこか人間的な思い込みが混じっているようにも感じる。

トキの森公園にて

トキの森で見たのは、鳥そのものより保護の歴史だった

 そうしたことを考えながらトキの森公園を歩くと、展示の見え方も少し変わってくる。キンの剥製や、昭和の時代に保護を訴えた看板は、たしかに興味深かった。そこには単なる動物展示ではなく、人間が一度は追いつめ、やがて守ろうとしてきた歴史の重みが刻まれている。

 ただ、肝心のトキそのものについては、少し印象が異なった。ケージの中のトキは思っていたより遠く、望遠鏡でのぞいてようやく姿が確かめられるような距離感だった。臆病な鳥なのだろう。そのことは理解できるのだが、実際に目の前にしてみると、私はこの鳥を「野鳥」として見るよりも、まず「保護鳥」として見ていたように思う。

 以前、釧路湿原でタンチョウを見たときの印象とは、その点が大きく違っていた。タンチョウは湿原の広がりの中で、その土地の自然そのものを象徴するように立っていた。対して佐渡のトキは、まだ人間の保護と管理の枠組みの中にいる存在として現れる。もちろん、それは責めるべきことではない。絶滅の淵からようやくここまで戻ってきたのだから、その慎重さはむしろ当然なのだろう。トキの森公園で私が見たのは、美しい鳥そのものというよりも、この鳥を守り続けてきた努力の蓄積だった。

トキのケージ。何とかその姿を垣間見ることができる

次は、ケージの外にいるトキに会いたい

 現在では、野生のトキが空を飛ぶ姿や、田んぼにたたずむ姿に出会うことも、かつてに比べればずいぶん現実的になったという。今回の旅では残念ながら、その姿を見ることはできなかった。しかし、野生下での繁殖が着実に進み、島の風景の中へ少しずつ戻りつつあること自体が、すでに大きな変化なのだと思う。

 今回は「保護されているトキ」を見た旅だった。だが、次に佐渡を訪れるときには、ケージの中ではない場所で、本来の空と田んぼの中にいるトキに会ってみたい。望遠鏡越しではなく、島のどこかでふとその姿を見つけることができたなら、トキという鳥の印象もまた少し変わるのではないか。そんな次回への期待を残して、私はトキの森公園をあとにした。

旅と散歩佐渡

Posted by Asanao