大学の三つのポリシーの意味・目的を考える
シラバスと同じく、1度目の大学生時代、1980年代の後半には「アドミッションポリシー」「カリキュラムポリシー」「ディプロマ・ポリシー」という概念はあったかもしれないが、私の目に入らなかった。あらためてこの3つのポリシーについて、考えてみた。
大学教育を支える「三つの方針」
現在の大学では、AP(アドミッション・ポリシー)、CP(カリキュラム・ポリシー)、DP(ディプロマ・ポリシー)の三つが、教育の根幹を成す方針として必ず定められている。これらは、大学が「どのような学生を受け入れ」「どのような学びを提供し」「どのような能力を身につけた学生に学位を授与するのか」を一貫性をもって示す枠組みである。
1980年代の大学生活を思い返すと、このような体系的な方針が学生に向けて明示されていた記憶はほとんどない。当時は、学位に付随する能力や学修成果が明文化されておらず、大学で何を得るのかは学生自身の主体性に委ねられていた面が大きかった。いま改めてDP・CP・APを眺めると、大学教育が長い時間をかけて透明性と説明責任を重視する方向へと進化してきたことがわかる。
DP:ディプロマ・ポリシー
ディプロマ・ポリシー(DP)は、大学が「卒業時点で学生にどのような能力・素養を備えてほしいか」を定めた方針である。いわば、大学教育の“出口指標”だ。専門知識の修得だけではなく、思考力・判断力・コミュニケーション能力、社会的課題への理解など、各学部が卒業生に期待する人物像がここに示される。
学生にとっては、卒業までの道筋が見えやすくなり、「どこへ向かって学ぶのか」という学習目標が明確になる。大学側にとっては、学位の意味を社会に説明する根拠となり、教育の質保証の要となる。
CP:カリキュラム・ポリシー
カリキュラム・ポリシー(CP)は、上記DPを実現するために、大学がどのような教育課程を設計し、どのような方法で授業を実施するかを定めたものだ。講義・演習・実験・実習といった多様な授業形態の組み合わせ、初年次教育の方針、専門科目の体系化、学修成果の評価方法などが含まれる。
DPが教育の「ゴール」を示すものであるのに対し、CPは「ゴールまでの道筋」を設計する役割を果たす。学生は、科目の位置づけや学びの流れを理解しやすくなり、大学は体系的な教育課程を構築することで、教育の質を担保できる。
AP:アドミッション・ポリシー
アドミッション・ポリシー(AP)は、大学が「どのような学生を受け入れたいか」を示す方針である。ここでは、知識や学力だけではなく、主体性、思考力・判断力、協働性、学びに向かう姿勢といった資質まで含めて記述されている。
大学入試改革で強調された「学力の三要素」と密接に関係しており、入試方式の選定や評価方法の根拠にもなる。大学は、自らの教育理念とDP・CPに整合した学生を受け入れることで、教育の一貫性を確保する。
これら三つの方針はいつ整備されたのか
この三ポリシーが制度として整備された大きな転換点は、2008年(平成20年)12月の中央教育審議会答申『学士課程教育の構築に向けて』である。それ以前にも大学ごとに理念は存在していたが、全国的に統一された枠組みとしてAP・CP・DPを策定・公表するよう強く求められたのは、この答申以降である。
背景には、大学の量的拡大にともなう「教育の質保証」への社会的要請があった。学位がどのような能力を保証するのかが不透明であるという批判、国際的に学位の比較可能性を高める必要性、アウトカム(学修成果)重視の教育改革の流れなど、複数の要因が重なっていた。
答申は、大学が「入口(AP)→中身(CP)→出口(DP)」の三位一体で教育を設計し、PDCAサイクルを回すべきだと明確に示した。これにより、全国の大学が三つの方針を整備し、教育情報を積極的に公開するようになったのである.
三つのポリシーがもたらしたもの
今日、DP・CP・APは単なる制度文書にとどまらず、大学教育の透明性を支え、学生の学びを可視化するための重要な基盤となっている。学生は、自分がどのような成長を期待されているのかを理解し、大学は教育の質を社会に説明しやすくなった。
1980年代の大学生活には見えなかった「教育の設計思想」が、現在では明確に言語化され、誰でもアクセスできる形で公表されている。大学教育の在り方が、時代とともに大きく変化してきたことを感じさせる。
この三つのポリシーは、大学が自らの教育理念を社会に提示すると同時に、学生に対しても学びの指針を示す役割を果たしている。学士課程教育の質を高めるうえで不可欠な要素となり、今後もその重要性は増していくと考える。