庭に咲いたスイセン—早春を知らせる花
早春、庭でいちばん先に咲く花
庭にニホンズイセンの花が咲いた。わが家の庭では、早春にたいてい最初に咲くのがこの花である。冬のあいだ、庭はまだ色が少ない。芝生は枯れたままで、花壇も乾いた土のまま。そのなかで、細長い葉のあいだから白い花が見えてくると、春が少し近づいてきたように感じる。
特に手入れをしているわけではない。肥料をまめに与えているわけでもなく、植え替えをした記憶もほとんどない。それでも毎年きちんと芽を出し、少しずつ数を増やしてきた。最初は数株だったはずだが、いまでは一平方メートルほどのスペースがスイセンで埋まるようになった。
人があまり気にかけていなくても、土の下では着実に準備が進んでいるのだろう。季節が来れば、何事もなかったように花を咲かせる。庭の植物を見ていると、自然には自然の時間があり、それは人間の生活とは別のリズムで流れているのだと気付かされる。
ナルシスという名前を思い出す
スイセンの花をよく見ると、すっきりと整った形をしている。白い花びらが広がり、その中心に小さな盃のような部分がある。派手さはないが、どこか凛とした印象がある。冷たい空気のなかで咲く花らしい、清潔な美しさだと思う。
この花の学名は Narcissus(ナーシサス)で、花言葉は「自己愛」である。名前の由来は、ギリシャ神話に登場する美少年ナルシスだ。
高校の英語の授業で、この神話を読んだ記憶がある。ナルシスは水面に映った自分の姿に心を奪われ、その場から離れられなくなってしまう。やがて命を落とし、その場所に咲いた花がナルシス、つまりスイセンになったという物語である。
庭のスイセンを見ながらこの話を思い出すと、少しおもしろい。目の前の花は、自己愛という言葉から連想されるような華やかさとは少し違う。むしろ、ややうつむくように咲く姿には、控えめで静かな雰囲気がある。
日本でも古くから親しまれてきた
スイセンは西洋の神話と結びついた花だが、日本でも古くから愛でられてきた。
平安末期に描かれた絵や、九条良経(1169–1206)の色紙にスイセンが見られることから、この頃にはすでに鑑賞の対象になっていたと考えられている。かなり早い時代から、日本人はこの花を身近なものとして見ていたのだろう。
その後、室町から江戸時代にかけては、茶花や庭の観賞用として広く用いられるようになった。冬から早春に咲く花はそれほど多くないので、寒い季節の庭に彩りを添える花として親しまれたに違いない。
文政年間の『古今要覧稿』には、房総などの自生地がにぎわっていたことも記されている。いまでも千葉の水仙の名所はよく知られているが、そうした風景には長い歴史がある。スイセンは、目立ちすぎることなく、日本の冬から春への移り変わりのなかで、静かな居場所を保ってきた花なのだと思う。
「自己愛」という花言葉をどう受け取るか
スイセンを見るたびに、「自己愛」という花言葉が頭に浮かぶ。ナルシスの神話では、自己愛は悲劇として描かれる。自分自身に見とれ、外の世界とのつながりを失ってしまうからである。
ただ、人が自分を大切にする気持ちまで否定されるべきではないだろう。自分をまったく肯定できなければ、日々を支えることさえ難しくなる。問題なのは、他者が見えなくなるほどの過剰さであって、静かに自分を受け入れることとは少し違う。
そう考えると、庭に咲くスイセンは、自己陶酔というよりも、自分の季節を淡々と生きている花のように見える。誰かに見せるために咲いているのではなく、ただ春が近づいたから咲く。人が手をかけなくても、毎年同じ場所で少しずつ増えていく。
春は、まだ始まったばかりである。これから庭にはほかの花も咲いてくるだろう。その先頭に立つように、今年もまずスイセンが咲いた。
毎年変わらず、しかし少しずつ広がりながら咲いていくその花を見ていると、季節の巡りとは、にぎやかに訪れるものではなく、こうして静かに庭の一角から始まるのかもしれないと思う。