感想/村上春樹著『辺境・近境』

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村上春樹『辺境・近境』これから、なるべく読んだ本の感想、というより印象に残ったところを書き残してこうっと。どんなにいいフレーズでも、忘れてしまいますから。

辺境・近境
著者/村上春樹  発行/新潮社

村上春樹の小説は読まないけど、旅行記は大好きって友達がいます。私は、小説も旅行記もどちらも好きで、エッセイは今ひとつかな。一番好きな旅行記は『遠い太鼓』。旅の見識も面白いけど、何より、村上夫婦の小競り合いがリアリティがあって面白かった。この『辺境・近境』は、いくつかの雑誌に掲載された旅行記をまとめたもの。なので、各文章で視点も文体も、特に統一性はない。短編集ならぬ、紀行エッセイ集です。

とりあえず、素敵なフレーズの備忘録。

まず、「神戸まで歩く」より。

そう、ひとつだけ確実に僕に言えることがある。人は年をとれば、それだけどんどん孤独になっていく。みんなそうだ。でもあるいはそれは間違ったことではないのかもしれない。というのは、ある意味では僕らの人生というのは孤独に慣れるためのひとつの連続した過程にすぎないからだ。

このエッセイ、『羊をめぐる冒険』の最後のシーンを思い出した。主人公が埋め立て地に残された、大阪湾を望む浜辺で泣くシーン。『羊をめぐる冒険』から十数年目に書かれた、作者による後書きって印象。

それから「辺境を旅する」より。

いちばん大事なのは、このように辺境の消滅した時代にあっても、自分という人間の中にはいまだに辺境を作り出せる場所があるんだと信じることだと思います。そしてそういう思いを追確認することが、即ち旅ですよね。そういう見極めみたいなものがなかったら、たとえ地の果てまで行っても辺境はたぶん見つからないでしょう。そういう時代だから。

激しく同意です。

松任谷由美のアルバム『時のないホテル』の最後の曲、「水の影」の中にこんなフレーズがあります。「たとえ異国の遠い町でも、風がのどかな隣町でも、私はたぶん同じ旅人」って。マス的な旅行がパッケージツアーにも、雑誌の特集にもなりづらい時代。旅は、パーソナルな領域にのみ生きること、ちゃんと認めるのが大切なのかな、とか。