岩手旅行- 高野長英、後藤新平ゆかりの水沢散歩

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水沢・武家屋敷街
水沢。実際に訪れるまでは、それほど興味をそそる町ではなかった。旅に持って出かけたガイドブック「ことりっぷ」にも、この町の情報はない。胆沢城の最寄りの町程度に考えていた。

岩手旅行- 胆沢城、蝦夷の長・アテルイ投降の地
一週間の岩手旅行二日目の夜は、平泉の北にある水沢のビジネスホテルに宿泊した。宿はだいたい、前日、前々日に楽天トラベルで空き部屋を予約する。夏...
ところが、水沢駅から胆沢城に向かうタクシーの窓から外を眺めると、高野長英の旧家やら、後藤新平記念館やら、歴史に名を残した人物たちの史跡を指す道案内があちこちにある。武家屋敷の町並みを残っているらしい。城下町だったのか。

胆沢城からバスで水沢駅に戻り、すぐに花巻に向かうつもりだったが、バスを途中下車して水沢の町を散歩することにした。

水沢は、現在、奥州市とえらく大きなくくりの自治体名になっている。もともとは伊達氏系の留守氏1万6000石の城下町で、「みちのくの小京都」と称されている(知らなかった)。武家屋敷の名残もあるというので、まずはその一帯を歩くことに。

通りは旧武家屋敷の板塀が続く。落ち着いた風情を感じるのは、 視界に高いビルが入らないのが大きいと思う。前日の平泉と違って、青空の下、古い町並みを散歩すると心も晴れやかになる(実はこの日が一週間の旅で唯一の好天だった)。

高野長英の生家、中は見学できないが、質朴なたたずまいの日本家屋が残っていた。

水沢・高野長英生家
長英の母の実家で、彼が17歳で江戸に出るまでの一時期、ここで暮したとのこと。現在の建物は1876年(明治9年)に改築されたが、西側の表庭に面した8畳と6畳の2部屋が長英の居室として保存されていると、案内板に書かれてあった。西側に回って、外からそっと中をのぞいた。

この一帯の武家屋敷跡は、現在、民家なので足を踏み入れることはできない。だが、ここから数百メートル離れた奥州市役所近くに武家住宅資料館があり、こちらは見学ができる。家臣筆頭の余目家に次ぐ家格の内田家は住宅跡。「表門内側の古松と屋敷境のモミの木とともに、水沢武家屋敷の典型的姿であった」と案内に書かれていた。

水沢・武家住宅資料館
住宅自体は閑静なたたずまいなのだが、すぐ表の通りを行き交う自動車の音が耳に入る。江戸時代の上級武士の暮らしに思いを馳せるという気分にはなれなかった。

高野長英生家がある通を散歩する方が、時間旅行を楽しめた。また、この通りには、立派な日本家屋の民家が並んでいた。木と瓦の二階建ての一軒家と庭、私が子どもの頃は、こういう民家が都心でも数多く見られたものだが、すっかり少なくなってしまったな。

人様の家なので、ジロジロとのぞくのははばかられたが、あまりに素敵な家屋なので、思わず外観のみ写真を撮らせてもらった。

水沢・素敵な日本家屋

高野長英の生家から旧武家屋敷の通りを南へ進むと、水沢城跡の水沢公園に着く。ここには、正岡子規による「背に吹くや 五十四郡の 秋の風」の句碑、戊辰戦争で亡くなった水沢藩の弔魂碑、これまた水沢出身の後藤新平(明治時代を代表する政治家・植民地経営者・都市計画家)の石像等があった。

後藤新平の石像は、珍しいボーイスカウトの制服姿。ボーイスカウト日本連盟、初代総長(当時は「全国少年団」と呼ばれていた)でもあった。ボーイスカウト出身の私としては、こんなところで、お会いできるとは不思議な気分。

水沢公園・後藤新平像

水沢公園には高野長英記念館があった。館内は土足厳禁。スリッパに履き替えて見学をする。床は黒曜石のようなタイル。ひんやりとして気持ちがいいので、素足で館内を歩くことにした。

シーボルト事件、蛮社の獄等、 長英の波乱万丈の生涯について、一巡してわかるように展示してある。十代で俊才として知られ、頭が切れた男性のようだ。彼の著作『夢物語』の展示が興味深かった。

『夢物語』は、日本漂流民を乗せて渡来したアメリカ船・モリソン号に対する幕府の政策を批判した著作。夢の中で見たできごととして、問答形式でモリソン号事件に対する彼の意見が述べられている。最初の一文を目にすると、思わず読み進めてしまいそうになる。

「ある冬の夜のことであった。夜が更けるにつれて、道行く人の声も途絶えがちとなり、下駄の音もまれにしか聞こえず、妻戸を吹きならす音が物悲しく響き、無気味なばかりである。しかし、私は、その夜、国の運命を案ずるあまり眠ろうともせず、ひとり机に向かい、燈をかかげて、読書にふけっていた。そのうちに夜もいっそう深まったので、眼も心も疲かれはてて、夢ともなく、まぼろしともなく、うっとりたした気分におそわれた。」
高野長英記念館 公式サイトより

『夢物語』 は多くの写本が作られ、当時、反響を呼んだらしい。蛮社の獄で幕府に捕らえられる原因となった。

高野長英記念館


一時間ほど、高野長英記念館に滞在した後、再び町を散歩。

蔵を利用した喫茶店には近所のおばちゃんが出入りし、古風な米屋には楷書体で書かれた「麹」の看板。この町、旅行者なしで成立しない平泉と違って、地元の人々の暮らしが垣間見られる。それでいて、城下町の「士風」のようなものが残っており、好感度大。

水沢・町並み
水沢には、他にも後藤新平記念館、二・二六事件で殺害された政治家・斎藤実内大臣の記念館等、気になる見どころがあった。けれど、夕方には花巻郊外の大沢温泉に到着する必要があったので、午後1時すぎにはこの街を後にし、東北本線で北へ向かった。

最後に二つ、たまたま通り過ぎた気になる建物を。一つは、衆議院議員・小沢一郎氏の事務所(左下写真)。Google Mapで「小沢一郎会館」という文字が表示されおり、実力のある政治家だけにさぞや豪勢なビルかと思いきや、意外に質素な建物で驚いた。

水沢・町並み
もう一つは旅館「きくすい荘」(右上写真)。蔦の絡まる朱色の外観が、旧武家屋敷の通りで異彩を放っていた。何やら手塚治虫、藤子不二雄、赤塚不二夫らの漫画家で住んでいた「トキワ荘」を思い出してしまった。次回、水沢を再訪する際、ぜひ宿泊してみたい。

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