マルクス『経済学・哲学草稿』で染みる言葉

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マルクス『経済学・哲学草稿』経済学・哲学草稿(岩波文庫)
著者/カール・マルクス
翻訳/城塚登、田中吉六
発行/岩波書店

編集者のスタンスに立つと、マルクスの文章は長くて、くどくて、まったくもって好きになれません。また、翻訳者泣かせの著者でしょう。

ただ、この本で生まれた「疎外された労働」という言葉だけは、特別な存在。30代半ばをすぎてマネジメント業務が主になり、仕事が忙しく、トホホなできごとが増えるほど、心にしみてきます。

もし、労働の生産物が私に疎遠であり、疎遠な力として私に立ち向かうなら、それはいったい、だれに属するのか?

最近、自分のやっている仕事が、20代の頃より疎遠な気がするなぁ。

コメント

  1. pinkyj211 より:

    はじめまして。TBありがとうございました。
    私はこの本を読んで心にきめたことは、
    地主になろうということです。
    道具としてつかわれる労働者ではなく、使うほうの人間になるぞ!
    ひとまず、お礼まで・・・またうかがわせていただきます。

  2. Asanao より:

    「お金持ち」でなく「地主」というあたりがユニークですね。今後とも、よろしくです。

  3. 編集者のスタンスに立つと、マルクスの文章は長くて、くどくて、まったくもって好きになれません。
    ------
    なんであんな文章を多産するような人間に育ったのか、私には想像も
    つかない世界であり到底分かりません。

    たぶん頭からイメージが湧きだして言葉にする速度が追いつかないと
    いう生活をおくっていたのでしょうね。
    彼がタイプライターや、ワープロ、パソコンの時代に生きていたらどんな
    文章になっていたのでしょうか?
    私なんか、どうしようもないノータリンですが気質的には似ているのかも
    しれません。くだらないイメージがいっぱい湧いてきて自分で収拾が
    できないんですね。外からみると労多くして報われない人生のように
    みえるかもしれないのですが、当人はいたって平然と暮らしていたり
    します。たぶん生きがいに不自由しないからなのではないでしょうか。
    マルクスの疎外論も、あまり几帳面に読む人には辛いのかも・・・(笑)