1984年、なぜか「読書」がファッションだった

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浅田彰「逃走論」仕事を終えて帰宅してから、夜中に本棚をゴソゴソするのが好きです。以前に読んだ小説の好きな場面だけを、ペラペラと読み返すのは、私にとって至福のひと時。今夜もそんなことをしていると、本棚の奥の方に1984〜85年の『文藝』誌(河出書房新社)を発見しました。

ちょうど20年前、私は高校生でした。現在、『文藝』は『文藝bungei』になって、田中麗奈の対談や柴咲コウのインタビューが掲載される、総合娯楽誌的な色彩を強めていますが、当時の『文藝』を飾っていたのは、村上龍、三田誠広、高橋三千綱、立松和平、田中康夫、中沢けい、高橋源一郎といった作家たちで、キラキラと輝ける存在でした。私にとって『文藝』を読むのは、コムデギャルソンのジャケットを着るのと同じくらい、粋がった行為だったように思います。

さて、久しぶりに手に取る1980年代の『文藝』、目にとまったのが表紙まわりの書籍広告です。

中沢新一「チベットのモーツァルト」逃走論―スキゾ・キッズの冒険
浅田彰著 《パラノ人間》→《スキゾ人間》 この文明の大転換を軽やかに肯定せよ! 現代思想の最前線を疾駆する俊英が語る《知》的逃走のためのマニュアル 【筑摩書房】

チベットのモーツァルト
中沢新一著 アジア的思考の奥底にたちのぼる淡い光を求めながら、カスタネダ、クリステヴァを問い、脱=構造主義の前衛を駆けぬける各界話題の書 重版出来 【せりか書房】

フーコーそして/あるいはドゥルーズ
フーコー・ドゥルーズ 蓮実重彦訳 四六判並製 偶然に仕掛けられた遭遇。ドゥルーズによるフーコー論、フーコーによるドゥルーズ論 【小沢書店】

上記のコピーを読んで、内容が想像できる方は果たして何人いるでしょうか? この難解な日本語こそが、カッコよさの由縁でした。何だか訳わからないのだけど、とりあえず読書がカッコよくておしゃれな雰囲気が、一部の文系大学生の間にあったような気がします。私もそんな大学生に憧れ、背伸びをして浅田彰の『構造と力―記号論を超えて』などをがんばって最後まで読み通しましたが、その実、「序に代えて」しか理解できなかったです。

女のコは、ワンレングス、レノマのバッグ、村上春樹『1973年のピンボール』。
男のコは、リーボックのテニスシューズ、リーバイス501、浅田彰『構造と力』。

1984年、なぜか読書がファッションでした。