「旧正月」の採用で国際化を

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旧正月
今年は、私の勤務先をはじめ、取引先、提携先も12月26日に仕事納めの会社が多く、すでに気分は大掃除モードです。しかし、業界が違うと、仕事をめぐる年末年始の日程、雰囲気もおのずと違いがあるようです。以前、百貨店の広告主に年末のご挨拶にお伺いした際、修羅場のような慌しさを目のあたりにして、そそくさと退散したことがありました。

日本の正月、韓国の旧正月

業界以上に違いを感じるのは、お国柄の違いです。私は今、春先にかけて韓国の提携先との共同開発案件を持っているのですが、1、2月は日本のお正月と韓国の旧正月、2つの正月の影響で、進ちょく管理が難しくなりそうです。

日本は、一部の地方をのぞき、1月1日前後の一週間が年末年始の休みですが、韓国は旧暦の1月1日(2004年は1月22日)前後の1週間が休みとなります。実際の休みもさることながら、休み前後の仕事のモードも変わるため、おのずと仕事に対するテンションにも微妙な差異が現れます。

特に2004年は、ここ10年の間で新正月と旧正月が比較的近いため、日本側が1月1日前後に1週間ほど、韓国側が1月22日前後に一週間ほど休むと、通常の月に比べて作業のパフォーマンスが落ちる気がします。

改暦をめぐる経済効果

さて、現在の暦は、明治6年(1873年)に明治新政府により採用されました。それまでは、太陰太陽暦(天保壬寅暦)という暦を採用していました。

昔、大河ドラマ『獅子の時代』で、細川俊之演じる明治新政府の司法卿、江藤新平が法律づくりの重要性を語った際、若き部下が「暦を変えましょう!」「暦を変えるのが近代化への道」云々と訴えたシーンを覚えています。政府は、明治5年旧暦12月3日をもって明治6年新暦1月1日としました。

本当のところは、新政府の深刻な財政難が、改暦の一番の理由だったようです。これまでの太陰太陽暦では、翌明治6年は閏月があり、13か月分給与を支払わう必要があったこと、明治5年の12月は、1日と2日の2日間しかないため、12月分の給与をチャラにすれば、実質2か月分の給与を支払わなくてすむこと。今の政治では想像もつかない、強引な手法ですね。

それはともかく、遅かれ早かれ、当時の明治新政府が西欧列強と肩を並べるためには改暦は必須でした。

「旧正月」の採用で仕事の効率は向上する

東アジアでは、中国、韓国、台湾等、旧正月を正月休みとする国、地域がほとんどで、日本は少数派です。東アジアの経済を発展させるために、いっそのこと、日本も旧正月を正月休みにするのもよいのでは。

2003年は、私にとって中国、韓国の方と仕事でご一緒する機会が増えた一年でした。今後、その機会はますます増えることと思います

その際、2回の正月は私個人の仕事の効率の上で、ちょっと障害を感じます。明治新政府の若き役人ではありませんが、「日本の正月を旧正月に」を強く訴えたい年の瀬です。