「日本語の風景」とは

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中国語における「ひらがな」の効用について考えていたら、この夏北京で知り合った作家の毛丹青氏が、『人民中国』誌に面白いコメントを掲載していました。

以下、抜粋。

——— 私はよく「日本語の風景」という言葉を使います。日本語のなかには、漢字とカタカナと平仮名があるでしょう。カタカナと平仮名というのは、漢字を薄めた形になっているわけですね。漢字ばかりを並べていくと、非常に重圧感があるわけです。例えば、日本の方が中国語の文章を読むと、非常に疲れます、と。なぜ疲れるかというと、要するにメリハリ、リズム感がないからなんです。私から見ると、漢字というのは脂のように、非常に濃いわけなんです。ところが日本語は水のように、時には激しく、時には静かに、動かせる要素があるわけなんですね。僕には秘策があって、原稿を書いて、校正刷りが出ると、自分の目から3メートルくらい先に並べてみる。漢字とカタカナと平仮名が一つの模様みたいに見える。漢字だけだと、そうは見えないですよ。一つの塊りに見えてしまう。私がなぜ、「日本語の風景」という言葉を使っているかといえば、カタカナ、平仮名が「海」だとすると、漢字は「舟」なんですね。海のなかに漢字が小舟のように、動かせるように浮かんでいる。その時、薄めようと思ったら、漢字をやめて、平仮名にしてしまう。意味とか、文法とかいうのは二の次で、まず、遊んでみよう、というのが秘策なんです。

毛丹青昔、お世話になった編集長に、誌面デザインについて教えていただいたことを思い出しました。

できあがったゲラ(校正刷)を2メートルくらい離れて遠くから眺める。見出しが目に入るかどうかをまず確認する。

そして本文スペースを黒い写真として考えて、メインの写真との対比で見開き全体のレイアウトを考える。

同じ視点を感じました。

写真/広報誌の表紙に掲載された毛丹青氏

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